INICIAR SESIÓNうっとり眺めるスースに、店主の老人が笑いながら説明する。
「鉱山から出た端石を磨いて作ったんじゃ。それもサファイアじゃぞ」 「やっぱり! ガラスじゃなくて、本物だと思いました!」 スースが、花の髪飾りを光にかざす。 「うちの店で出してるものは、ぜんぶ本物の宝石じゃよ。屑石だと言うやつもいるが、手頃な値段で買えるしの。娘さんたちには人気じゃ」 老人は得意気に答える。 その言葉に惹かれて、エマも店内の商品を眺めてみる。 「あ、これ可愛い」 エマが目を留めたのは、淡い紅水晶を木の実に見立てた髪留めだ。銀線で葉を表現し、三粒ほど石が連なっている。 控えめだけど、可愛らしい髪留めだ。 「ねえナタリナ。これ、ミナへのお土産にどうかな?」 「髪留めですか。ミナは髪が短いですが、これなら似合いそうですね」 「だよね?」 「若様が選んで下さったと知暖かな陽気に包まれた部屋で、エマはウトウトしていた。 揺り椅子に体を預け、冷えないようにウールのブランケットが掛けられている。 (……あれ?) 慣れ親しんだ匂いに、瞼を上げた。 視線の先に、陽に透ける銀の髪がきらきら光っている。 「ぁ……ルシアンさま?」 「エマ。起きたのですか?」 すぐ隣のソファーに座っていたルシアンが、本から顔を上げて微笑みかける。 エマが昼寝をしている側で、読書をしていたようだ。 「起こして下さればよかったのに」 「貴方の眠りを邪魔するわけにはいきませんから」 ルシアンは本をテーブルにおくと、ソファーから立ち上がって、エマの傍らに膝をつく。 ずれ落ちてしまったブランケットを、胸のあたりまで引き上げてくれた。 「寒くないですか?」 「ありがとうございます。でも、そんなに過保護にしなくても大丈夫ですよ」 「夫の務めですから」 ルシアンは柔らかな笑みを浮かべて、エマの頭を撫でる。 甘やかされてるなぁと思うけど、嬉しかった。 「……さっき、夢を見てました」 「どんな夢ですか?」 エマが呟くと、ルシアンが興味深そうに尋ねてくる。 「このお屋敷に来た日の夢です。ミシェル様と大公様、それから使用人の方たちから歓迎してもらって」 そして、ルシアンの番として、初めて結ばれた日。 「僕、本当にルシアン様の妻になれたんだって、嬉しかったです」 エマが答えると、ルシアンが優しい瞳で見つめてくる。 頬を撫でる手のひらが温かくて、うっとりした。 「私も、エマが妻になってくれて嬉しかったですよ」 「はいっ」 「これからも、ずっと貴方の側にいますから」 「はい」 エマが頷くと、扉をノックする音がした。 返事をするより先に、ガチャッと扉が開き、ひょこっと小さな頭が現れる。 廊下から、ナタリナの「お嬢様!」と咎める声
エマの唇を指先でなぞり、安心させるように頭を撫でた。 「んっ」 「貴方を抱いているのは、私です」 「はい……っ」 「私は、貴方の愛するアルファです。分かりますね?」 「っ、はい、ルシアンさま」 ルシアンの優しい手つきに、うっとりする。 大好きな人の声を聞くだけで、不安が消えていく。 (ルシアン様……僕の、旦那様) いま、エマの躰を愛してくれるのは、ルシアンだ。 ここにはもう、エマを傷つける者はいない。 エマが過去に傷つくたび、ルシアンは温かくエマを包み込んで、心をそっと癒やしてくれた。 「可愛い、私のエマ」 愛おしそうに目を細めて、甘い眼差しを向ける。 エマの手を取り、指先にちゅっとキスをした。 「ぁっ、ルシアン様っ」 「エマ。自分で動くところを、見せてくれますか?」 上目遣いに問われて、エマはもじもじした。 「そ、そのっ……恥ずかしい、ですっ」 エマはフルフルと首を横に動かす。 けど、ルシアンは優しく言い聞かせた。 「エマ。貴方の乱れる姿は、たまらなく魅力的です」 「ぁ……ルシアン様っ」 「乱れるほど、私に溺れている証なのですから。言葉にならないほど幸せで、心が震えます」 「ッ、る、ルシアン様っ」 カァッと全身が熱くなり、胸がドキドキする。 そんなこと言われたら、イヤとは言えない。 「ほ、本当に……僕のこと、幻滅しませんか?」 「しませんよ。貴方の淫らな姿には、興奮すると思いますが」 「っ……!」 ルシアンがエマに失望することはなさそうだ。 むしろ、喜んでくれそうな気がして、それもまた恥ずかしい。 「んっ……ぁ、ルシアン様っ」 エマは蕾をきゅっと締めつける。 とたんに、ルシアンの雄が脈打って、その刺激に震えた。 「ぁぁんっ」 「エマッ」 「ぁ、ルシアン
「ひゃんっ、ぁぁっ、ァ……あぁぁぁぁッ!」 ビクンッと躰が跳ね、エマの精が弾けた。 同時に、甘い香りがいっそう強くなり、ルシアンに襲いかかる。 「ッ……エマ、」 「ぁんっ、ルシアン、さまっ……ぁぁっ、ぼくの、中に……っ」 エマが快楽の涙をこぼしながら、ルシアンを誘う。 欲に濡れた金の瞳は、ルシアンだけを映して、艶やかに微笑む。 「うッ……」 腰が激しく疼いて、一気に熱が滾った。 先走りがダラダラとあふれて、愛しいオメガを求めてそそり立つ。 「……エマッ!」 もう、理性で抑えるのは限界だった。 番のオメガを前にして、冷静にふるまうことなどできない。 「愛しい、エマ。貴方のここを、私で満たしてあげます」 エマの蕾を指でなぞると、嬉しそうにひくついた。 + + + エマはルシアンと番になってから初めて、閨を共にした。 ランダリエからデイモンド領のお屋敷に着くまで、十日も我慢していたので、実は心待ちにしていたのだ。 番になって、初めて迎えた夜だったからか、キスも愛撫も、前よりずっと気持ち良かった。 (ルシアン様の匂いっ……ぁぁ、きもちいいっ) ピリッとした刺激的で甘い、ルシアンのフェロモンが、エマの理性を溶かしていく。 発情期にも抱いてもらったのに、今夜はことさらルシアンが甘く感じる。 鼓膜を震わせる声も、肌を撫でる手のひらも、エマの性感帯を刺激して、あっという間に躰が蕩けてしまう。 「ぁっ、ッ、ぁぁっ!」 膝を抱えられ、正面から貫かれると、ルシアンの顔がよく見えて嬉しかった。 「ひぁぁんっ、ぁぁぅっ……ぁ、ァァッ」 ルシアンに揺すられるまま、嬌声を上げる。 「ぁん、あつぃぃっ……ァァッ、あぁんっ」 「ああ、エマッ……貴方の中が、熱くて、たまらないっ」 「んんぅっ……ルシアン
幼い頃に望んだ夢は、もう叶わない。 「ルシアン。エマ様はいずれ公爵夫人になります。貴方が、しっかり守ってあげるのですよ」 「分かっています」 ルシアンは大きく頷いた。 今のルシアンにとって一番大事なのは、両親ではなく、愛しい妻だ。 (エマ……私の、たった一人のオメガ) 心に想うだけで、幸せな気持ちになれる。 退出するミシェルを見送り、ルシアンは夫婦の寝室へ向かった。 夫婦用に整えられた寝室は、ルシアンとエマの私室の中程にある。 ルシアンが扉を開けると、甘やかな香りに包まれた。 「エマ。待たせてしまい、すみません」 「ルシアン様っ」 部屋の中央にある、天蓋付きの寝台に、エマがちょこんと腰掛けていた。 見慣れた法衣ではなく、刺繍の施された可愛い夜着を羽織り、頬は薄桃色に染まっている。 燭台の灯りに浮かび上がるエマは、可憐な薔薇のように美しかった。 エマの隣に座ると、腰を抱き寄せて、顔を近づける。 「エマ」 「んっ……ルシアン様。すごくいい香りがします」 「そうですか? 貴方の方が、芳しい香りがしますよ?」 唇にキスを落とすと、エマが嬉しそうに目を閉じる。 柔らかな唇の感触を楽しみ、舌を差し込んで口の中を舐める。 「ふぁっ、んぁっ……ぁぁっ」 エマの舌を絡め取り、味わうように歯茎や上顎を舐めた。 クチュクチュと水音が響き、エマが応えるように舌を動かす。 じゃれるように舌を絡め、エマの口を愛撫した。 「ぁぁんっ、ん……んんっ」 「エマっ、可愛いです」 「ぁっ、ルシアン様……」 エマがうっとりした顔でルシアンを見上げる。 金の瞳が甘く潤み、艶やかな髪がさらさらと揺れた。 「ようやく、貴方と愛し合えますね」 「んっ、はい……僕も、ルシアン様がほしかったですっ」
ルシアンは皇太子の命により、ランダリエ貴族の失脚の証拠を集め、聖樹との結婚を叶えるために、帝国でも反皇太子派の失脚に貢献し、愛しい聖樹と結ばれた。王国で結婚式まで執り行ったが、帝国と王国の距離を考えれば、過密すぎる日程だった。 ルシアンも大変だったが、従者や騎士達もよく支えてくれたと思う。ノエルなど、いつ寝たのかと思うほどだ。 「ノエル。長旅ご苦労だった。明日からは他の者と交代して休め」 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」 ノエルがにこりと笑う。 「ルシアン様。お疲れではございませんか?」 「私は大丈夫だ。今日の為に働いてきたからな」 「さようでございましたね」 ノエルが微笑ましい顔で笑う。 すでにエマとは結ばれているが、結婚式の後から今日まで、エマの体調を考えて軽い触れあいしかしていなかった。 (エマが欲しい) 番になってから、まだ一度も抱いていない。 ようやく屋敷に戻ってきたのだから、今宵は思う存分にエマを愛したかった。 夫婦の寝所は、別室に用意してある。 もうそろそろ向かってもいいだろうか。 そう考えていると、ミシェルがやってきた。 「ルシアン。少し良いですか?」 「ミシェル?」 ルシアンは立ち上がると、ミシェルをエスコートしてソファーに座らせた。 ミシェルは父と過ごしていると思ったが、一人でやってきたのは、ルシアンに話があるからだろう。 ノエルを下がらせて、ミシェルの向かいにあった椅子に腰掛ける。 「どうしました?」 「まだ、伝えてなかったと思って。結婚おめでとう、ルシアン」 ミシェルがふわりと微笑む。 亜麻色の羽織りに身を包み、さらさらと流れる銀の髪は、いつみても綺麗だ。 今でも、社交場に姿を見せれば、男女問わず多くの信者が彼を取り巻くほど。 (父上の愛妾のままでいるには、惜しい人だ) 見目麗しく、聡明で、レヴィネージュの名
だが、追い打ちをかけたのはナタリナだった。 「エマ様、ご安心下さい。ミシェル様は、ロマンス本を大変気に入られたようで、続編が出たら必ず届けるようにと言付かっております」 「えっ!? ミシェル様も読まれたの!?」 「当然ではありませんか。使用人に配るものですから、まずは主人であるミシェル様が中身を確認されるのが筋です」 「それはそうだけど! 執事とか侍女長で良かったと思うよ!?」 「ミシェル様には、エマ様のお人柄や、難しい立場にいたことなどを知って頂くのに、ちょうど良い機会だと思いました」 ナタリナはもっともらしく言い返すが、彼女たちの顔を見るに、たぶん違う。 (ぜったい、僕のこと自慢したいだけだよね!?) エマはその本を読んだことはないが、ものすごく美化されてることだけは分かる。 だけど、エマが何を言っても、すでにミシェルの手に本は渡り、屋敷の使用人たちにも知れ渡っているのだ。 (ルシアン様がお屋敷の主人なのに、いいのかなぁ) 主人のあずかり知らぬ所で、ロマンス本が広がるなんて、良いわけない。 でも、この屋敷の実権を握っているのは、間違いなくミシェルだ。 彼が良しとするなら、ルシアンも反対はしないだろう。 (……ルシアン様には黙っておこう) 自分たちのロマンス本が、ミシェルをはじめ屋敷中に広がっていると知ったら、羞恥と気まずさで落ち込むかもしれない。 「もう……その話、ルシアン様にしたらダメだからね?」 「心得ております」 ナタリナが答えると、メイドたちも揃って頷いた。 その日は到着したばかりで慌ただしかったが、夕食は家族全員で摂るという、初めての経験をした。 エマはルシアンと二人きりで食事をしたことはあるけど、自分の家があるのも、夫の両親が揃うという状況も初めてで、面はゆい気持ちになった。 「エマ様は、果物がお好きとか」 「はいっ。サファイアベリーと、メ
ティエリーは悪びれた様子もなく、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰掛ける。 「報告書を読んでたのか?」 「ああ」 「それにしては、上の空だったようだが?」 ティエリーは笑いながら、ルシアンを見る。 テーブルに用意されていたグラスにワインを注ぎ、勝手に飲み始めた。 「で、その地味な袋は何だ?」 「野暮なことを聞くな」 ルシアンは素っ気なく答え、お守り袋を懐にしまいこむ。 「あの聖樹か
「ルシアン様は、遺跡に興味がおありですか?」 「ええ。アカデミーに在籍していた頃は、遺跡調査に参加したこともあります」 ルシアンの声が弾んでいるように聞こえて、エマは嬉しくなった。 (王都から離れた場所だけど、ルシアン様を案内できたらいいのに) もし、ルシアンと一緒に出かけられたら、どんなに楽しいだろう。 「今回の滞在では日程が厳しいですが……遺跡は、ぜひ見てみたいですね」 「はいっ! もし機会があれば、その時はご
カァッと頬を赤く染めて、エマは視線を逸らした。 「フフ。またいずれ、その機会があれば」 「っ! 本当ですか!」 バッと勢いよく振り返る。 ルシアンは驚いたように目を丸くした。 「ぁ……す、すみませんっ!」 エマは耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆った。 (バカバカ! ただの社交辞令なのに!) 本気にするなんて、恥ずかしすぎる。 エマが羞恥に黙り込むと、ルシアンがクスクスと笑った。 「可愛いですね、
「ええ。良い香りですね。アールグレイですか?」 「はい。私の好きな紅茶なんです」 用意された紅茶は、最高級品の茶葉だ。 エマの立場では、客人をもてなすときにしか飲めない代物なので、味わって飲んだ。 一口サイズにカットされたサンドイッチやクッキーも、宮廷料理長が手がけたもので、エマがふだん口にするものとは比べものにならないほど美味しい。 料理長が作る料理は、国王や王太子が同席する会食でないと食べられないので、これも噛みしめるようにして食べる。







